浄法寺漆について


「浄法寺」は寺の名称ではなく、岩手県二戸市にある地名です。
古くから漆の産地として知られ、明治時代には当時漆掻きのメッカであった福井県から職人が移住するほど豊富な漆の木があり良質の漆が採れました。
特に中尊寺金色堂、京都の金閣など国宝クラスの建造物の修理修復に浄法寺漆が採用されるなど、その高い品質には定評があります。現在は日光二社一寺の「平成の大修理」に浄法寺漆が使われています。
 
日本の漆は岩手県、茨城県、新潟県などで生産されていますが、岩手県二戸市浄法寺町は国産漆の7割以上を生産し、原料(漆)から製品(漆器)までを一貫して生産している、国内でも稀有な地域です。
 
国内で使用されている漆の98%は中国やベトナムから輸入されたもので、国産はわずか2%にしか過ぎません。その国産漆の最後の砦と言われているのが岩手の浄法寺です。
浄法寺には専業の漆掻き職人が20名ほどおり、浄法寺を含む岩手県北地方には数十万本の漆の木があると言われています。これほど豊富な漆資源を持つのは岩手だけとなっており、独自の漆文化が残る地域です。

漆を採る作業を「漆掻き」といいます。
6月下旬から10月下旬までの間、漆の木に傷を付け、滲み出る漆を一滴一滴採取する、地道な作業です。「漆の一滴は血の一滴」とも呼ばれ、まさに漆の命と向き合う職人の苦労の結晶です。
 
浄法寺地方の漆掻きがいつから始まったのかは定かではありませんが、江戸時代には盛岡藩が漆の木の植栽を奨励し、品質のよい漆が採れる産地であったようです。明治時代になると、越前(現在の福井県)から漆掻き職人がはるばる浄法寺まで出稼ぎするようになりました。このとき越前の鍛冶師による切れ味の良い漆掻き道具と「殺し掻き」と呼ばれる画期的な漆採取法が伝わりました。越前の漆掻き職人を「越前衆」と呼び、中には浄法寺に定住する者も現れました。それほど浄法寺周辺には漆の木が豊富にあり、良質の漆が採れる魅力的な産地だったようです。
国産漆の生産は、明治時代になると中国からの安価な輸入漆が入ってくるようになり、国内の漆産地は次々と消滅していきます。そのような中で岩手県北地方は現在まで漆を採り続けた数少ない産地の一つとなり、日本産漆の約7割を生産しています。


 
浄法寺漆は世界遺産の日光二社一寺(東照宮、二荒山神社、輪王寺)や平泉の中尊寺金色堂、京都の金閣などの修理修復に使用されています。
国内の文化財の修理でも中国産に頼らなければならない現状にありますが、近年やっと国産漆を使う動きが見え始めました。2015年2月に文化庁より、国宝や重要文化財の修理修復には原則国産漆を使用するよう通知が出されました。全国の漆器産地でも漆の木を植える活動を進めているところもあります。